一度きりの光

先日、旧友にあった。近況を語りあったのだが壮絶な世界でなんとか今年を乗り切ろうとしているようだった。混迷を深める社会で濁流となって押し寄せる社会の歪を受け止めているようだった。そもそも以前は、その濁流に乗っかってサーフィンをしようとしていたのだが。真意では無いものを受け容れることは精神に歪(ひずみ)をつくる。長く絶えれば絶賛されるのだが引き換えに失うものも多い。失い、失い最後には死んで行く人も多いのではないか。一度しかない生命が輝く時、その光は眩しく見ていられないほどだ。光は永遠には続かない。続かないのを知っているから、余計に眩しい。長く続ければ洗練されてくるとはものの言い様だ。本当にすばらしいのはほんの一瞬。「まだやれると思えるのなら、まだ次がある。」と言うのは拷問ではないだろうか。曲がり角に来ているのか?脱出できるのか?この混沌とした世界から。

1950年代のシャウプ勧告に始まり、政府税制調査会の歴史を2000年前後まで辿る。税制の歴史は国家の歴史であり、国民がお金を出し合って、また国民に再分配する仕組みのことだとしている。再分配は公共財として提供される。明治時代のある時期には選挙権は納税額の多寡に依っていた。国政に参加するためには相応の負担が必要だったのだ。西欧諸国の市民革命を通過した社会では納税について国民の意識が高く、自分たちの政府を維持するために支援しているのだという思想があるとしている。それに対し、封建社会から近代社会への移行がボトムアップ型で行われなかった日本においては政府を支えている意識が希薄なのかもしれないとしている。それでもさらにひどいのは旧共産圏で計画経済を布いていた国々が民主主義に移行することだったらしい。これらの国では納税の意味が国民に浸透せず、初期のソ連邦崩壊後のロシアでは公務員の給料が払えない状況になってしまったとのことだ。相互扶助という税金の考え方を良く考えさせられる作品だ。また、筆者は税金は前述のような基本的考え方にそうものであり、副題にあるとおり公平・中立・簡素はこれから導かれる。一方で、筆者はケインズ経済学に基づく税制の社会経済への直接介入などには慎重な姿勢をとる。また、誘導的な政策である道路特定財源*1や極端な目的税をも批判する。論旨がはっきりしており非常によかった。一点難をいうと、環境税についての記載だ。環境税自体は時代の要請だろうが、これは特定の資源(揮発燃料、NOx、及びCOx等)に課税するもので、課税の公平が保たれるとは思えない。環境政策の一環として税制をツールとして使うのは如何なものか。ただ、それでもなお、本作はすごい作品だ。税収における間接税の配分を高め、付加価値税として課税ベース(課税対象)を広くとることで公平性を確保しつつ、景気に左右されにくい安定財源であることに着目し、今後の社会保障費の補填を考えるところなど、8年前とは思えない示唆に富む。最後に、本作の題名はとっつき難いが内容は平易で読みやすい。もちろん、税率引き上げが確定的な「たばこ税」やWTOで話題になった焼酎税率をはじめとする「酒税」の話も。推奨。

*1:今でこそ一般財源化され一部は給付金!として今後配賦されることになっているが。