鋼鉄の軍隊未だ前進せず

1

巨大な軍隊を手に控え、指揮官は以下のようにどなった。
「ぶつぶつ言わずに手を前へ」
整列、前に習えの訓練は5日間に渡り徹夜で行われる。深夜には、付近一帯の深い森に総勢4名のカナキリ声が響き渡る。5日目にして、隊員の一人が言った。
「指揮官、油が少なくなりました。」
指揮官は無表情のまま、油の入った如雨露を隊員の間接目掛けかけてやった。と同時に巨大な指揮官の体は地に崩れた。

2

咄嗟の出来事に隊員2名が駆け寄る。油を差してもらった隊員は凍りついた表情で言った。
「指揮官、油はもう無いとおっしゃっていたではありませんか。この油はいったいどこから。」
指揮官はさび付いた下顎をやっとのことで広げて答えた。
「油は小生の体から自然と流れ出たものだ。実際に口しか動かさぬ私には、頭蓋骨への油のみで充分なのだ。戦場へ行くと勅令を賜ってから、はや30年。待ち続けた我々に残されたのは、ただ訓練のみなのだ。」
「恐縮でございますが、指揮官!麓の連中は戦争はとっくに終ったと申しております。何故命令を解除してくださらないのですか。お一言で我々3名は開放されたのであります。同期は皆50才を過ぎており、お言葉ではございますが、もう限界なのでございます。」
すると、指揮官は地についていた腕を、まるで30年前のあの瞬間を彷彿とさせる動きとともに、おもむろに天上に上げた。

3

「ハリボテ。ハリボテェー。」
指揮官のその悲しい声が深い森の木々を越えて、さらには麓までも轟いた。その腕の向こうには「ハリボテ」で出来た空挺部隊が空を埋め尽くしていた。
「アイアイ、サー」
隊員が同時に声を張り上げたその瞬間、大量の爆弾が着弾したのだった。真っ赤に燃える森の中で唯一異彩を放つのは油より出る炎。4つの炎が異彩を放ったのは只一瞬である。一部始終を観たものは居ない。勿論、30年前に去った者を覚えていた者も居ない。
(完)